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  • 2008-02-27
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魔法の使えない魔法使いの魔法  8

 海鳴 縁という少女は、本当に目立たない。
 授業のとき真面目にノートをとっていると思っていたが、ちらりと後から盗み見てみれば国語の授業なのにノートには複雑奇怪な数式と大量に書き並べられた英語がびっしりと埋まっていた。聞いてみれば、とある数式演算を延々と書き記しているのだと言う。一応授業内容も聞いて覚えているとの事だが、それで満点が取れるのだから不思議で仕方がない。どうやら疑う余地もなく、縁の頭は抜群に良いらしい。学校の授業においてはと頭につくが。
 授業の休み毎にははやてが眩暈を起こした英語の本を取り出して、それを黙々と読みつづける。アリサが話しかけない限り、縁はアリサへと自発的に声をかける事は何故かしなかった。ただ、アリサが声をかければ栞を挟む事なく即座に本を閉じて笑顔で振り向く。待っていたのだろうか、反射なのだろうか。パブロフの犬のようだ。そう思った。猫目なのに。
 授業でも自発的に発言する事は一切なく、休み時間もひたすら静かに過ごす。
 前からずっとそうだった。
 縁はずっと、1人でそう過ごしてきた。授業を聞きつつ意味不明な数式をずっと計算して、休み時間は本を読む。それが寂しいのだとも知らず、疑問に思わず、そう、過ごしてきた。
 ただ、その環境は今日になって3つ違う点が出てきた。
 1つは表情である。昨日の帰り際に教えたから即実践しているのだろうか、今までならずっと無表情であったのに、常に楽しそうな笑みを浮かべていた。にこにこと。別に授業中までする必要はないのだとアリサが教えると、縁はそうなのか? と首を傾げ、次の授業は今まで通り無表情で通し、笑みは休み時間だけになっていた。素直な奴。思わず苦笑いが浮かんだ。
 1つはそう、アリサ自身である。今まで縁に話しかけるクラスメイトなどいなかったのに、そこへ平然と良い意味悪い意味目立っているアリサが話しかけているのは異様に目立った。その本は面白いのか、とか、あの数式には何の意味があるのか、とか実に面白味のない話ではあったが、今まで透明人間のように地味であった縁が笑顔で話をしている姿は新鮮なものがあった。
 そして最後は、クラスメイトの視線である。
 今までならば気にも止めない空気のような扱いをしていた縁に対して、明らかに気になるような、戸惑っているような、そんな視線と感情を向けていた。まあ、アリサもそれは分からないでもなかった。縁は笑うととても可愛い。同性でもついくらっと……いや変な意味ではない、とにかく縁は笑えば可愛い。今まで目立たず笑わずいたせいもあるのだが、突然ぽっと可愛い子が出現すれば興味を抱いて当然の反応である。
 ただ、皆気が引けるのだろうか、アリサとはやて以外のクラスメイトは遠くから盗み見るようにして眺めているだけであった。







 鐘が鳴った。
 4限目の授業を終了を知らせるその鐘の音に反応するかのようにアリサはがばりと顔を上げる。しまった、授業開始10分間以降の記憶がごっそり抜けている。これが噂の若年性健忘称というものか、ごめんなさい寝てました。
 起立という声と共に皆ががたがた席から立ち上がる。アリサも慌てて立ち上がり、黒板に目を走らせる。大丈夫、意味不明な授業内容という訳ではない。礼という声と共に頭を下げながら、アリサはほっと胸を撫で下ろす。確かに既に小学校の教育内容は全て独学でクリアしたとはいえ、不安になるものは仕方がない。
「完全に撃沈しとったね眠り姫さん」
 と、席に近寄ってきて声をかけてきたのは八神はやて。
「眠くて仕方なかったのよ」
「ま、頭3時間寝なかっただけ偉いでぇ」
 なでなでとアリサの頭を撫でてきた。お母さん感覚の染みついている少女である。
 そのはやての手には小さい弁当袋が握られていた。
 小さいといっても同性同年代のアリサから見れば十分な量である。ハードな仕事に就いているというのに、それだけで足りるのかが心配である。事実、なのはやフェイトは男子並に食べている。同じ女性として聞いたら失礼だというのは十分に分かってはいたが、思わず良く食べるわね、と呟いたらなのはが食べないと保たないからねと哀愁を漂わせながら答えたのは実に印象的だった。なにやら最近体重計が怖いらしい。背が伸びて筋肉がついたせいだと思うのだが。
 そのなのはとすずかはもう屋上にいるのだろうか。
 クラスが分かれてしまっても、アリサ達は誰が言い出した訳でもないのに屋上で食べるようになっていた。まあ、冬場になれば違う場所に移ると思うのだが。
 2人を待たせては悪いと思い、アリサも自分の弁当の袋を取り出して―――前の席に座っている人間が、ごそごそと鞄から取り出すのが見えた。
 食材の保存などに使う密閉式の透明なビニール袋が数種類。
 薬、だろうか。
 それぞれの袋には色違いで実にカラフルな錠剤が数個づつ入っていた。
 それを1つづつ取り出し、丁寧に数を確認して、一口でそれを口に含む。それから最初に用意していたのだろう、水筒で持って来たと思われるお茶をくいっと飲み干す。煎茶の良い香りがした。
 はあ、と、その吐息は聞こえなかったが、明らかにリラックスしたように肩がさがる。
 で、縁はいそいそと本を取り出した。
 えーっと。
「……ちょっと待って縁」
「ん、ああ、どうした?」
 声をかけると、案の定縁は笑顔で振りかえった。
「今の何? っていうかご飯は?」
 縁が持っている薬の袋に目を落としながらアリサは尋ねる。
 薬というのは基本的に食後のものが多い。もちろん食前食間の薬もあるというのは知っているが、何となく縁は何も知らずそのまま飲んでいるような気がしてならない。
 アリサの言葉に縁はああと肯き、持っていた薬の袋を目の前に翳す。
「これが食事、ただの栄養剤だ」
 ああ、馬鹿がいた。
 無茶苦茶なダイエット方法を実行しているレベルの馬鹿がいた。
 弁当はないのかと思わず言いかけて、アリサはそのまま机につっ伏す。そうだ、こいつ料理できなかった。と言うか、本当に栄養剤に頼っていたのか。
「……どうしたんだアンス、八神さん、腹痛か?」
「いやちゃう、ちゃうんや……」
 同じく車椅子に座りながらがくりと項垂れていたはやてがふるふると頭を振る。
「聞きたいんやけど、もしかして今までずっとお昼ご飯、それやったのか」
「ああ、そうだが?」
 それが何か問題あるのか? とでも言うかのように縁は首を傾げた。
 まあ、縁にしてみれば何を今更と言いたいところなのだろう。ただし、縁の後の席であったアリサでも今日の今日まで気がつかなかった。誰も気にしなかったんだろう。
「お弁当とかは?」
「私は料理が出来ない」
「そりゃ知ってるけど……コンビニとかでパンとかあるでしょ?」
「買い方が分からない」
 本当に同じ年だよな?
 アリサとはやては同じ事思った。むしろアリサは昨日も思ってた。
「て言うか、買い物のし方分かんなくて今までどう生活してたのよ。生活品とか色々あったじゃないの、インスタントの食品含めて」
「教授に言って送ってもらっていた。食品は月にまとめて送ってくれる」
 また 『教授』。
 別に縁は何も悪い事は言っていないのだが、その 『教授』 という一言にアリサは何故かムッとした。
「インスタントって、もしかして縁ちゃん、毎日インスタントなん?」
「ああ、栄養剤にも頼るぞ」
 はやての言葉に縁はこの通りとでも言うかのようにはやてに見えるように栄養剤の袋をさし出し、はやてはそれを見る事なくまるで蝿でも叩き落とすかのようにスナップの利いた張り手で視界から縁の腕ごと弾いた。どこのコントだ。
「あかんてあかんて、いくら料理でけへんかってインスタントばかりは体に毒や」
「いや、別に毒物は入ってないはずだが?」
「当たり前やん、入っとったら売れへんやん。そうやのうて栄養偏るで、こんな食生活」
「だから栄養剤……」
「あーかーん! こない寂しい食事、お母さん絶対認めません!」
 再びさし出された栄養剤の握られた手を弾きつつ、はやては腰に手を当てていかにも怒ってますというポーズをとった。
 凄い、まるで妻の尻にひかれる夫のような構図だ。だれがお母さんだというつっこみを入れることなく、素直にアリサは感心した。
 困ったように縁は栄養剤をちらりと見て、そうは言われてもと呟きつつ、何故かアリサの方を向く。
 ……何故に私を見るの?
 思わずアリサは上半身を退けて距離を取る。
 困ったようにこっちを見るな。私に何を求めてる。って頼むから道に迷った子供のような目をしないでくれ。お前は犬か。
 無言の圧力にアリサの頬が一瞬引きつった。
 猫目の癖に、こいつ犬属性だ。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「……はぁ、縁、食事というのを教えるわ、一緒に来なさい」
 アリサ・バニングス。犬には弱かった。







 屋上にて、広げられたシートの上を占領している5人の少女。その内の2人は何故か神妙な顔をしていた。
「海鳴 縁。以上」
 縁を指差しながら言い切ったアリサの言葉に、言われた側のなのはとすずかは思わず顔を見合わせた。今朝の人だよね? 猫助けてた人だよね? 視線だけで意思疎通が出来ていた。
 その2人を見て、日が良く当たる屋上に広げたシートの上に良く分からないままちょこんと座らされた縁は首を傾げた。
「えっと、月村すずかです」
 突然の見知らぬ―――訳ではないのだが、今まで話した事もない人物を連れて来られて少々戸惑いつつ、すずかは名乗りながら右手を差し出して握手を求める。
 縁は名乗ったすずかの目からその右手に視線を移し、少し考えてからそれが握手を求めている事に気がついたのかテンポを外してぎゅっと握手を交わす。
 手を握られた瞬間、すずかの肩がぴくりと跳ねた。
「うん、こんにちは月村すずかさん。それに高町なのはさん」
「え、あ、わっ、こんにちはっ」
 握手を交わしながらすずかからなのはへと視線を移し、名前を確かめるようにフルネームで確認を取る縁。名前を覚えられていた事に驚いたのか、なのはは慌てて頭を下げた。自分は名前を聞いても思い出せなかったのに。
「あの……ところで何故にこちらに?」
「うん、何でだろう」
 頭を上げながら戸惑った表情でたずねるなのはの言葉に、すずかとの握手を解いてから縁は真顔で首を傾げてから答えを求めるようにしてアリサの方を向く。
 懐かれとるね。
 言ってもいないはやての言葉が何故か聞こえた気がする。
「……まあ、気にしなくて良いわよ。縁は私のご飯半分分けるから、それを食べなさい」
「いや、もう食事は―――」
「食べなさい。命令。拒否権なし。いいわね?」
 眉間を軽く片手で揉みながらアリサは縁の意見を聞く事なくすっぱり切り捨てる。
 少し間を置いてから、本当に分かっているのか分かっていないのか凄まじく微妙な表情で縁はうんと肯く。考えるまでもなく縁はここに連れて来た意味をまるで理解していないだろう。
 その隣で、握手された自分の手をすずかはじっと見下ろす。
 なんか、なんだか。
 握られた縁の手の感触が、とても、ざらついていた。
 あれは手が荒れているというレベルだったのだろうか。しかしそれを初対面に近い自分が確かめるわけにも尋ねるわけにもいかない。すずかの胸中にもやりとしたものが浮かんでしまう。
 そんなすずかの様子に気づくことなく、弁当箱の蓋にアリサはせっせと中身を取り分けてから縁に渡す。渡された縁は珍しい物を見るような目で見ながらそれを受け取った。何が珍しいのだろうか。
 半分に分けたことで元々小さい弁当箱の中身は更に減ってしまったが、まあ軽いダイエットだと思えば我慢できない事もなかった。放課後にはバイオリンのレッスンという地味に体力を使う予定があるのだが、それも我慢である。
「アリサちゃん、私のも分けようか?」
 と聞いてくるのは、間違いなくこのメンバーの中で弁当の量が一番多い白い要塞。
「いいわよ。それになのはの場合保たないんでしょ、食べなきゃ」
 仕事があるから、という言葉は綺麗に伏せる。時空管理局所か魔法使いの事も知らない縁の前で話せるものではない。
 アリサの言葉に、うっ、となのはは言葉を詰まらせて固まった。確かに食べないと体が保たない。そう考えるよりも、どちらかと言えば縁がなのはの弁当箱を見て少し驚いた表情になっているのが軽く傷ついた。どうせ沢山食べますよ。体重も増えましたよ。ちょっと泣きたくなった。
「あ、じゃあ私の分少し分けるよ」
「ほな私も御裾分け」
「うん、ありがと」
 とか言いつつ、何故かすずかとはやての分は素直に貰うアリサ。
 あれ、かなり扱い違うんじゃないかな? 自分に気を使っているというのは分かっていても少しショックだ。
 それからはやてが弁当袋の中からコンビニで貰えるようなパックに入った割り箸を取り出し、どうぞと言って縁に渡した。ありがとうと礼を言い頭を下げつつ受け取る。何で割り箸を持ってるんだろうと、気にはなったが誰も聞かなかった。
「では、いただきます」
 箸を持ち、アリサはぱんと手を合わせる。他の3人も倣うように手を合わせ、縁だけは首を傾げていた。
「何の儀式だ?」
「儀式じゃないわよ、食べる前の礼儀よ礼儀」
「そうか、礼儀か」
 何の礼儀かとは聞く事なく、縁も同じく手を合わせる。
 そして皆がそれぞれの弁当に手を伸ばしたのを確認してから、縁もそれに倣いアリサから取り分けられた分へと手を伸ばす。完全に見様見真似であった。
 器用にもはやてから受け取った割り箸の袋を片手で開き、取り出した割り箸を同じく片手で器用に割った。いや、割り箸を片手で割るのは器用と言うよりも凄い握力だと言った方が良いのか。確かに小さい背丈に似合わずかなりの馬鹿力だったなとアリサは思い出し、即座にその時の情景を頭から弾き飛ばす。誰も見てなくて良かった。
 縁はアリサが見ていることに気がつく事なくご飯を一口食べ……驚いたご様子だった。
「おいしい……」
「いや……何となく言いそうな気はしてたけどさ。先に言っとくけどね、これは普通のお弁当だからね」
「いや、うん、でも美味しいぞアンス。凄いな、これアンスが作ったのか?」
「違うわよ。流石にそこまで私も料理好きってわけじゃないからね」
 驚いている縁に、予想していたとはいえこれで驚かれてもと苦笑しながらアリサは答える。
 そうか、ではこれを作った人は凄いな。いいから食べなさい。そんな会話をする縁とアリサを見ながら、2人の関係が良く分かっていなかったすずかが説明を求めるようにはやての方を見た。
 その視線に気がついて、車椅子ではなくシートに腰を下ろしているはやては軽く苦笑いを浮かべる。
「いや、縁ちゃんがあんまりな食事しとんのに見かねたアリサちゃんが引っ張ってきたんよ」
 見かねたのははやてだが。
「あんまりな食事って?」
「栄養剤。なんと縁ちゃん栄養剤だったんよ、お昼」
「え、栄養剤って……」
 すずかはちらりと縁の方を見る。
 これはなんだ? 卵焼きよ、知らないの? まるで聞いてなかった。
「……何か、仲の良い姉妹みたい」
「どちらか言うと母娘やね。もしくはご主人様と子犬」
「子犬……」
 はやての一言に何故か納得してしまった。もう一度アリサと縁の方を見ると、確かにそんな感じはする。
 と、視線に気がついたのか、縁が顔を上げすずかの方を見た。別に悪い事をしていた訳ではないのに、すずかは少し慌てたが、縁は気にする事なくにこーっと笑う。すずかも即座に笑顔で返す。
「……ちょっと可愛いかも」
「すずかちゃん、猫派やなかったっけ?」






 一番最初に食べ終わったのは、何故か一番量が多いはずのなのはだった。噛んでいない訳ではない。ただ、あまり喋っていないから早かっただけである。
 一口差で次に食べ終わったのは一番弁当箱の小さいすずか。ただでさえ小さいのにアリサに少し分けでいるので当然と言えば当然である。
 続いてはやて、アリサ、そしてアリサから半分分けていたので実質量が一番少なかったはずの縁は、一々食べて驚いて質問してを繰り返していたので一番最後であった。
「―――ねえ、はやてちゃん……?」
「残念やけど、私も何も知らへんよ、すずかちゃん」
 一番最初に食べ終わったのに、それから黙りつづけているなのはを見て、すずかは小声ではやてに呟くが、予想していたようにはやては同じく小声で呟き返す。
 別にずっと黙っている訳ではない。喋りかければ返事はするし会話にも加わる。だが、今日のなのはは明らかに覇気がなかった。昨日、帰るときはいつも通りだったのは覚えている。その後に管理局に行き、帰って寝て起きて学校である。そして登校の時には既に覇気がなく萎れている雰囲気であった。
 何かあったとしたら、管理局で何かあった確率の方が高い。家での問題を、なのはがいつまでも黙っているとは思えなかったし、管理局での問題であれば悔しい事にすずかやアリサといった一般人では慰める程度にしか役に立たなければ、誰彼構わず相談できる内容でもない。基本的に管理局の事は秘密なのだ。
 秘密なのだが、アリサとすずかは既にその事を知っている。だからこの場で聞き出しても本来ならば問題ないのだが――

「ありがとうアンス、美味しかった。あ、蓋は洗った方が良いか?」
「おそまつさまでした。洗わなくても良いわよ、家で洗うから」
「綺麗にできる自信はあるぞ?」
「いや、それは分かってるから」

 今日に限っては、部外者がいた。
 アリサが縁から蓋を受け取り、ちらりとなのはの方を見る。アリサもまた、考えている事は一緒であった。とは言え、自分で引っ張ってきた縁をさっさと追い返す訳にもいかない。引っ張ってきたのが自分なので何も言えないのだが、タイミングが悪かったとしか言いようがない。
「ところでアンス」
「え? あ、なに?」
 なのはの方に気を取られていて一瞬反応が遅れたが、アリサはすぐに縁の方を向く。
「結局、何で私はここに連れてこられたんだ?」
 思わず溜息が出た。
 やはり理解できてなかったか。
 そのやり取りが聞こえたすずかとはやても苦笑する。
「最初に聞いておくけど、こうやって食べるの、楽しくなかった?」
「いや、とても楽しい。私の知らない食料も沢山ある。実に有意義だ」
 即座に返した。しかしつくづく変な言い回しをする。
 無意識ながら苦笑していたアリサは意識的に表情を和らげる。何で気を使っているのだろう、とそんな疑問が頭に少しあったが、それは考えない事にした。そう、言うならば母性という奴だ。ロマンスなしの一段飛びで母性か、表情を変えぬまま軽く落ちこむ。
「じゃあ、教室で1人栄養剤だけで済ませて後は本を読むだけと、どっちが良かった」
「………うん、アンスと一緒の方が良かった」
 私だけじゃないだろ。つっこみは堪えた。
「それが分かって欲しかったの。栄養剤だけなんて寂しいのよ。Were you able to understand?」
「Yes, I understood it. うん、むしろ考えた事もなかった」
 お茶目で英語で聞いたら本当に英語で返された。どうやら分かってはくれたらしい。
 それなら今度からはお弁当にしたら、そう言おうとしてアリサは寸出のところで躊躇った。
 弁当を持ってきて、そして縁が誰と食べるのかと言えば、現状で言えば間違いなく自分である。そもそも縁が料理できないだろうという問題以前に、それはそれでマズイのだ。何も縁と食べるのが嫌な訳ではない、変な意味はなく。
 問題があるのは面子である。
 今日は欠席しているフェイトを含めたアリサ達の5人組みには、あまり人に知られる訳にはいかない共通の秘密がある。
 魔法の事だ。
 3人は魔法使いで、2人はそれを知っている。そしてその事実は、この世界では秘密にしなければならない、らしい。何故秘密にする必要があるのか、理由は分かるが、管理局の法令第何条の何とかかんとかの規則とか言われてもいまいち理解できていない。
 魔法の事は基本的には秘密だが、アリサとすずかは既にそれを知っているので、機密事項にさえ触れなければ知られても問題ないらしい。だからなのは達も安心して話す事ができるのだ。
 問題はそこで、ここで何も知らない縁が入ってくると、必然的に会話に気をつけなければいけない。管理局の話題や魔法の話題は当然禁止になる。
 そうして、そんな誤魔化し誤魔化しの関係に縁が最終的にどう思うのか、それが不安である。
「ああ、そうだ。それからアンス、もう1つ質問がある」
「え、ああ、何?」
 やや思考が別の方向にいっていたアリサは縁の言葉に意識を戻す。
 見ると、ぴしっとなのはの方を指差している縁がいた。行儀が悪いぞ。
 それを注意する間もなく、先に縁が口を開く。

「高町さんは何で元気がないんだ?」

 言葉の選び方についても教えなければいけないらしい。
 はやてもすずかも、そしてアリサも顔が引きつった。確かに今のなのはは見るからに元気ありませんという張り紙を貼って歩いているような状態である。なにせ初対面に近い縁ですら分かってしまう位だ。
 しかし、本人がいる前でアリサに聞いてどうする。そのまま本人に聞いて欲しかった。もう少し言葉を選んで。
 なのはも自分の名前を呼ばれ反射的に顔を上げる。そこには自分を指差している縁。なのはが顔を上げたのに気がついたのか、縁は指をさしたままなのはへと顔を向ける。
「元気がないな。高町さんはもう少し賑やかだったと記憶していたが」
 記憶力良いなあんた。ああそうだ、テストの成績を見る限り記憶力だけは突出して優秀だった。
 話をしたこともない去年度のクラスメイトの事まで覚えている縁に、アリサは素直に感心する。
「そ、そんな事ないよ。うん、私元気だから!」
「そうか? 落ち込んでいるようにしか見えないんだが?」
 的確な指摘であった。
 または容赦がないと言っても良い。
 すずかはちらりとアリサの方を見るが、アリサは何も言わずに首を横に振る。どちらにしてもなのはから悩みを聞きたいのは同じであり、聞き方はあれだが今のところ縁の言葉に間違いはない。
「眠いのか? 空腹……は今解消したか、高町さんは沢山食べるんだな」
 ほっといてほしい。
「あ、えっと、う、うん、お腹いっぱいだし、ちょっと眠くなっただけ」
 と、目線を逸らす。
 嘘である。
 明らかに嘘である。
 その言葉に、やはり管理局に関する何かがあったんだろうと、アリサ達は確信した。それならばなおの事縁に喋る訳にはいかないだろう。
 視線を外したなのはの行動に縁は首を傾げてから、何か納得したようにぽんと手を鳴らす。
「ああ、では悩みがあるんだな」
 本当に容赦のない奴である。
「え、そんな、私、特に悩みとか――」
「高町さんは食事前から元気がなかった。腹が満ちて瞼が重くなったという事実もあるだろうが、それでは食事前に元気がなかった理由にはならない。それでも眠くなったと言うのは事実を話したくないという事で、人に話したくない事態の大半は悩みである。違うのか?」
 なのはの言葉を無視して、縁は首を傾げて確認を取った。
 意外に人を見ていた。アリサの素直な感想である。
 縁の発言に驚いて固まったなのはを見て、縁はアリサの方を見る。だから何で私を見る。それからすずかとはやての方を見て、縁は再びぽんと手を鳴らした。
「ああ、相談するには私が邪魔か?」
 普通、そういう事を自分で言うか?
 ぴくっと、なのはの肩が一瞬跳ねた。
 無意識的とはいえ、その反応に縁は1人で納得したように肯いた。図星であることを見透かされている。
 別に邪険にしている訳ではない。ただ、相談をするにしては縁の存在が邪魔であったのは、残念ながら事実以外のなにものでもなかった。
「うん、ならば私は先に教室に戻る。そうすれば高町さんもアンス達に相―――」

「え、縁ちゃんってさ!」

 事実であったが、それでも、それは間違っているような気がした。
 言うが早いか半分立ち上がり言葉通り教室に戻ろうとしていた縁を、誰より早くなのはは引き止めた。
 引き止めてどうする。頭の片隅で冷静な自分が呟く。言い方が悪いが、確かになのはは今の自分の悩みを打ち明けるには縁が邪魔である。しかし、自分が邪魔者であるなどと悲しい事をさらりと認め、そしてそのまま去ろうというのをなのはは我慢できなかった。
「縁ちゃんって、あの……朝、朝に子猫助けたよね?」
「ん、ああ、なんだ高町さんにも見られていたのか」
 むしろここのメンバー全員その場にいたのだが。
 心の中でそう思いながら、アリサは口出しをしなかった。はやてもすずかも、心配そうに、はらはらとしながらなのはと縁を見守っている。せっかくなのはが自分から話を切り出しているのだ、話の腰を横から叩き折るような真似は出来ない。
 縁は立ち去る必要がないと分かったのか、再びシートにぽすんと腰を下ろす。
「子猫助けたの、凄いと思う。とってもとっても、凄い事だと思う」
「いや、まあ……うん、ありがとう」
 照れたように縁は笑うが、それでもなのはの表情は晴れない。
「でもね、もしも、もしもだよ? もしも、その子猫助けた事――」
 そこで一度なのはは言葉を切って、視線を落とした。
 言おうか、言うまいか、迷っている訳ではない。例え話である。事実ではない。そう思っている訳でもない。それでも、少し聞き辛かった。
 そう。

「偽善だって、言われたらどうする?」

 なのは自身、『自分がそう言われた』 事を聞いてしまうのが。
 ああ、と、はやてが納得した。
 少し遅れて、アリサとすずかも納得した。
 納得した、というよりも、なのはが何故悩んでいるのか、その原因がようやく理解できた。
 なのはは言った、はやても言った。
 昨日は緊急のスクランブルがかかり、作戦開始16秒で犯人を撃墜したと。
 そう、犯人を。
 文字通り、そう、文字通り、罪を犯した人を。
 どんな人かは知らない。
 アリサ達からすれば会った事もない赤の他人である。異世界の人間であれば人類祖先は同じ皆兄弟の理論だって通用しない、隣人程度ならば愛せるかもしれないがそんなレベルじゃない顔も名前も性格も生い立ちも家族構成も預金残高も知らない相手だ。
 でも、罪を犯した人だというのは分かる。
 結果論では。
 最終的にはその人は犯人だ、罪人だ。いかなる理由があろうと、いかなる立場であろうと、結果としては白い要塞に20秒も待たずにストレート一本KO負けで轟沈したのだ、結果としては。
 ただ、深い事情があったのかもしれない。
 譲れない何かがあったのかもしれない。
 それはそう、法律とか人の目とかそういうものを全て無視しても構わないと思える何かがあったのかもしれない。
 だから、その犯人になのはは何かを――偽善者だとか、そういう事を言われたのだろう。
 なのはは悪い事をした訳ではない。間違った事をした訳でもない。
 ただ、その犯人からしたら、なのはは邪魔者だったのだ。
 自分は間違った事をしていない。なのに法律を盾に取り自分の道を阻む。
 確かに犯人からしたら、なのはの行いは邪魔であり偽善である。
 自分には自分の、そして人には人の事情がある。生きてきた道がある。それがぶつかり合わねばならないのは偶然であり、必然であり、運命であり、そして神の気まぐれである。それはなのはも分かっている。
 だけど、偽善者と、正面から言われたのはショックであった。
 まるで、自分の悩みを見透かしたような一言だった。
 時空管理局に入ってから、少しずつ感じてきた日常への違和感。
 事件。
 人手。
 学校。
 友人。
 勉強。
 睡眠。
 戦闘。
 事件は減らない。
 管理局の人手は足らない。
 学校を休んだり早退したり遅刻したりも多くなった。
 友人も減った。それどころか避けらるようになってきた。
 勉強する時間はない。成績は緩やかに下がっていく一方だ。
 睡眠時間が削られる。それでも寝なければならないので、TVもゲームも漫画も我慢した。
 そして戦闘。痛いのも辛いのも覚悟していた。自分以外の誰かが痛かったり辛かったりするなら、それを自分が身代わりになってでも減らしたい。それが、自分があの友人から魔法を授かった役割だと信じた。
 その結果、非日常の生活が、日常の生活を侵食しはじめる。
 友人が減ったのは寂しいが、覚悟していた。TVだって見れてない、話題にもついていけない、学校に顔を見せる時間も人並以下で、成績も悪くなる。
 覚悟していた。
 覚悟はしていた。

 高町さんは悪い人と付き合っている。

 高町さんは悪い事に手をつけ始めている。

 だからTVも見ず、話題について来れず、学校に来なくなり、勉強もしなくなった。

 そんな噂を偶然にも聞いてしまった。
 血の気が引いた。
 体ががたがた振るえた。
 頭から氷水をかけられた気分だ。
 即座にアリサが怒鳴りこみ、あわや取っ組み合いの殴り合いになる寸前で泣きそうになりながらすずかが引き離した。もう一度言ってみろ今度はなのは達の悪口が言えないように目ン玉引き抜いて喉に詰めてやる。すずかの怪力で身動きこそ取れなかったが、凄まじい形相でアリサは泣きそうな声を張り上げていた。
 それをなのはは、誰にも知られる事なく、誰にも気付かれる事なく、ドア一枚挟んだところで聞いてしまった。
 その後の事をなのはは良く覚えていなかった。
 気が付けば家のベットに寝ており、学校は早退していた。聞いた話では、アリサは教師からこんこんと2時間説教をくらい両親からは叩かれたと聞いた。

 そして、アリサとすずかは、クラスから孤立してしまった。

 自分のせいで。

 さて、本当に自分は正しいのか。
 そうなのはが疑問に思ったとして、誰が非難できようか。
 アリサは何も言わない。すずかは何も言わない。フェイトとはやてはその日は欠席していた。だから知らない。
 だが、なのはは知っている。
 本当に自分は正しいのか。
 本当に自分は正しい道を選んだのか。
 本当に自分は正しい事をしているのか。
 誰も何も言わない。正しいと言う人もいなければ、間違っていると言う人もいない。ただ1人、先輩であるクロノだけは答えてくれた。それは自分で判断し、自分で決め、自分で納得するしかないのだと。
 判断?
 決定?
 納得?
 アリサもすずかも巻き込んで学校生活を台無しにした、自分の選んだこの道が正しいのだと、なのはは判断できなかった。決められなかった。そして納得できなかった。
 悩んだ。
 ずっと悩んだ。
 そして、昨日言われた。
 偽善者と。
 真っ正面から。
 何も言い返せなかった。
 正しい事をしていると思っていたその結果に何があったのかを知っている自分は、何も言えなかった。
 だから悩んだ。
 眠れなかった。
 その一言が、記憶の底にこびり付いて落ちない。
 悩む。
 悩む。
 悩んで、悩んで。

 そんな時に、目の前で猫を助けるためだけに体を張るような、そんな娘が現れた。

 不覚にもそれは、まるで自分を見ているかのようだった。
 何がと言われても困る。
 何となく、なのははそう見えたのだ。
 目の前の、縁と言う少女が。


「そうだな……」


 首を傾げ、腕を組み、空を見上げ、もう一度首を傾げ、そして首を捻り、手を鳴らし、何か思いついたのか顎に手をあてて考え込み、更に首を傾げ、それから肯く。長い長い1人芸を見ているようだった。首を3回傾げてた。
 それから縁はようやく口を開いた。
 心なしか、微笑みながら。

「嬉しいと思う」



――――――――――――――――――――――――――――――
 長いよ!!
 いやまあ、予想はしてたんですが……それでも1話で収まるはずだったんですが……でも長い。むしろ地の文が長い。癖だから仕方ないと言えば仕方ないけど。
 オリキャラのお悩み相談所『なのは嬢編』の前編でした。
 リリカルなのはという作品は基本的にカードキャプターさくらと同じくご都合主義といえばご都合主義、現実味がないと言えば現実味がない設定の作品です。まあ、魔法などというものに現実味を求めるのも酷ですが。
 所謂主人公達の年代(大半は学生)のリアルでの問題を一切排除した作品です。代表的に言われる事も多いですが、カードキャプターさくらの学校世界では暗いもの、臭いものが不気味なほどに感じられない点でしょうか。いわゆるいじめです。リリカルなのはにも同じ事が言えます。
 だから、とか言えば作品否定っぽいですが、ここでは学校生活のシーンでも苦労していただこうかと……Sではありません、クロガネでした。
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  • 2008-02-27
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4/6更新 リリカルなのは、短編と呼ぶべきかネタと呼ぶべきか考えた結果これはクロガネ式妄想劇と呼ぶべきなんじゃないのかなぁという曖昧な結論に落ち着きました、みたいなお礼ありです。

魔法の使えない魔法使いの魔法

注意事項!

プロローグ

第1章 『海鳴 縁という少女』
       
基礎情報 第1章終了時点
第2章 『悩み』
         
基礎情報 第2章終了時点
第3章 『誰が為の剣』
           
基礎情報 第3章終了時点
第4章 『教授』
           
基礎情報 第4章終了時点
第5章 『恋ですか?』
           
基礎情報 第5章終了時点
第6章 『切実な事情、迂闊な発言』
           
基礎情報 第6章終了時点
第7章 『縁と看視者』
           
基礎情報 第7章終了時点
第8章 『その言葉、届かない』
           
基礎情報 第8章終了時点
第9章 『失意』
               
基礎情報 第9章終了時点
第10章 『挫けぬ雷刃』
           
基礎情報 第10章終了時点
第11章 『届け、星の光!』
             
基礎情報 第11章終了時点
第12章 『祝福される騎士と風』
 
第13章 『アリサ・バニングスという少女』
第14章 『そして、日常』


本筋関係ないパラレル短編
           

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クロガネ

Author:クロガネ
 鉄と書いてクロガネ。文系の皮を被った理数系。人種差別主義。有神無宗派論者。白衣の天使。瞑想で一日潰したことがある。萌えにも燃えにも反応する。二次元より三次元の方が楽しいと思う。宇宙人未来人超能力者魔法使い等特殊な人間じゃなくて本当に良かったと思っている。変な人といわれる。仲間と言うのはチャレンジャーな人、友人と言うのは変わった人、知人と言うのは普通な人。
 これがクロガネ。
 とりあえずメールはこちら↓
kurogane951@yahoo.co.jp

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